SNSにはこうすれば幸せになる。系の文言の元様々な脳科学に基づいた幸福度の高くなるお金の使い方。逆にその場しのぎのドーパミンが出るだけで幸福度が上がりにくいとされるお金の使い方を検索できる。
幸福度が上がるのは例えば旅行に行くことだったり人に施すこと(奢ったり募金箱に入れたり)にが代表格のようですよ。つまり経験や他者への施し。人と人とがつながるようなものがそれにあたるのかな?
だからこそパパ活でも売春でもなんでも弱者女性への施しをする男性が今も昔の多いのかな?本来娘や妻に渡すはずだったお金をまともに使えるわけのない女性に渡すことでどういう形であれ感謝の言葉が送られる。それにたいして年を重ねた男性は高い幸福を覚えるからこそなくならないのでしょう。
逆に幸福度が低いお金の使いかたはギャンブルだったりファストフードだったり、今はおなかが満たされたり楽しかったりするものが代表格みたいで。
牛丼特盛を1000円払って今は腹いっぱいになっても6時間後にはまたお腹がすくから結局意味ないよね。
ギャンブルなんて支払元が儲かる仕組みになっているのだからその台に5万円払っても帰ってくるとは限らないよねというか帰ってくるわけないよね。
だから無意味だよね。というのが幸福になるお金の使いかたの基本的な考え方みたい。
でもそういう動画を見たり本を読んだりするたび思うのだけど、いやいいじゃんと思ってしまうのですよ。私はどこかに旅行しに行く時間をとれないから吉野家の牛丼を食べることに幸せを覚えるしマックの期間限定のものを食べて翌日体調崩すことまでひっくるめて好きだし。
毎日3-5本飲むモンスターはそれがないと何もできないくらい依存しちゃっているし。
これらについては私個人としては幸福度について理解したうえでやっているからまだましな側なのかもしれないですね。
やはり世間ではそうじゃない。お金の使い方で幸福度が変わるよということを知らない人たちがギャンブルにはまったりイケメン美女にちやほやされるお店に超高額のお金をおろしてしまうことが社会問題になるわけで。そういう方の救い方はないです。なぜならそれがその人たちにとっての楽園がそこにあるわけでその人たちが変わらなきゃと言わなきゃ第三者が何言ってもうるさい小言で終わりですよ。人というのは性弱説とでも言うべきか、楽な方楽な方へと流れていく生き物でだからこそここまで技術が進歩してきた側面があると思うんですよね。
行政が何をしても、親族がどれだけ親身になっても、仕方ないんですよ。
行政の行動にはバックに法律があるからあまり過激なことをすると弱者女性たちを食い物にするための頭のいい人たちが人権侵害を訴えてメディアを味方につけるし、親族のやさしさには根底に厳しさがないといけないからそれは頭が弱くなった方々には耳が痛いから聞きたくない。
そんな私の外の世界のことはどうでもよくて、私の中の世界でお金の使い方についての文句の話に戻る。
一部の女性声優やvtuberさん、アプリの公報でyoutubeチャンネルに出演するような方々が「私を推せー」といった文言でグッズの購買を促すような行動には基本冷めるようになってしまいました。私は私があなたを推したいから勝手にやっているだけで、それを促すような文言はだすな。
確かに私のようにパートナーのいないきちんと就労してる子供部屋おじさんはコンテンツビジネスにとっては一番金を吐き出すそうなのは分かる。それに私はある程度年を重ねているから判断して冷めて離れていくことができる。
でもお金のないしかし熱だけはどの層より熱い若年層がそれを聞いたら何を思う。なけなしのお金が足りなくなって犯罪に手を出すか、家族の金をいただくか、バイトの時間を増やして勉強に打ち込む時間が無くなるか。
それに加えてそのお金は本来家族や彼女彼氏に贈られるはずだったものであることを考えるとより貧困化・独身化が進むことになるだろうが。
脈絡のないストレストークになっちゃった。
ちなみに日本の貧困の3分の2は頭の悪いお金使い方が起因していると思っている。残りはまじで行政が助けるべきものだからそこを見極められる視野や知識を身に着けたい。

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